私の大好きな歌手

その日、私は車に乗っていて、ふと大好きだった歌手を思い出した。
だしぬけに、前ふりなく、フッと思い出した。

その人はすごくマイナーだったし、派手でも美人でもなく、
むしろ変な喋り方をする女の人だった。
私がなんでその歌手を大好きになったのかはよく覚えてない。でも私は毎週
その人のラジオ番組が大好きでかかさず聞いたし、録音しては1週間聞いていた。

AMのラジオ番組もそうとうひねくれてて、流行りの曲なんてかかったりしなかった。
その歌手が好きなマイナーな歌ばっかりかけてて、中学生の私にはなんでこんな
曲ばっかりこの人はかけてるんだろう?と不思議でしょうがなかった。
スポンサーは「お寿司・おにぎりの『りきまる』」だったから、いよいよ
番組は好き勝手な感じだった。


ある日、FMで、その人のライブがかかるっていうので、私は少ないおこずかいから
カセットテープを宝物を買うようにして手に入れ、オンエアを待った。
(それでも買えたのはソニーのCHFという、最も安いノーマルテープだった)


いざ、番組がはじまると、それはひどく観客の少ないライブというのが分かった。
拍手もパラパラ。喋りも考え、考えで、少ない声援にもすぐ答えてしまって、
すっかり間が持たない。
恥ずかしさを紛らわすように、歌に入っていく様子は、もうなんだか
聞いてていたたまれないものを中学生ながらに感じた。

 

『どうしてこの人はこんなにしてまで歌手なんだろう』
『この人はこれがオンエアされて恥ずかしくないのかな?』
『でも決して”頑張ってます!”ってひけらかしたりしないし、卑屈でもいない』
『でも、でも、たしかに今、この人はコテンパンだ!』


そのライブが、なぜか、どうしてか、最後の最後にものすごい盛り上がりを
みせるのだ。何がどう進んだのかわからないのに、ラスト2曲にいたっては、
未だに感動でブルッとくるほどのいい感じを生んでいた。


私ははじめ、「俺がファンになってあげなくちゃ!」とひどくその人の味方になりたいと
切に思った。きっとこの人はすごくうまくいってない人だと直感した。
LPレコードを買うにも、注文しないと店に入らなかったし、他のラジオでその人の
曲なんて聞いたことなかった。

その歌手と私をつないでいたのはラジオ番組ひとつだった。
私ははじめて投稿した。ラジオで手紙が読まれたのはこの人の番組がはじめてだった。
うれしかった。味方になれたような気がした。頑張ってくれ、俺、応援するからって、
感じてた。

 

でも、あるとき、フッと出し抜けに「今日で終わりなんです」と全く唐突に
その人がラジオで言った。
泣けた。そんなバカな、って。
すごく悲しかった。今の今迄番組終わるなんてなにもいってなかったのに!って怒りも
込み上げた。くやしかった。

 

その後、その歌手は時々NHKで「作曲講座」やら「作詞講座」でラジオ特番に
出るくらいで、滅多にみつけることはなかった。それでもFM雑誌にその人の
名前を見ると、私は狂った様にカセットテープを用意した。

 

高校を卒業すると、私は大阪に行ってしまった。その後8年は大阪生活になり、
その歌手のことも少し薄れてきていた。
そんなある日、住んでいたアパートの真下から火事を起こされ、私の部屋はまるまる
全焼してしまった。家屋どころか、フロアすらなくなってしまい、全焼だった。

私は使えるものはないかと炭・木炭・ガラスの破片の中で、両手から出血しながら
ひっかきまわしていたが、そんな中に中学のころのFMから録ったその歌手の
FMライブがでてきたのだ。まさに奇跡!
いろんな荷物に囲まれ、窮屈にさせていたのが幸いし、空気が行き渡ってないので、
火災からまぬがれたのだった。

火事のあとに入った仮部屋には家財はないから、ガランとしてたし、暗かったけれど、
ラジカセは実家から送ってもらっていた。
火事の中で残ったカセットを入れてみた。表向きはちょっと黄色く焼けていた。

ライブはまったく無事だった。
すごく貧相で、折れそうで、弱そうな歌手が、一生懸命歌ってた。
ものすごく、一生懸命ライブやってた。

 

グッときた。
うまくもないし、すごくもないし、もうなんだか、メチャクチャな気分だった。

 

「なんてぴったりな歌手なんだ」と思ったのだ。
豪勢な歌やら派手な歌やら売れてる歌やらすごい歌なんてうそっぱちだと思った。
そのとき、一番私が求めている状態が、その歌手のライブにあった。
状況は芳しくなく、うまくいくとも限らず、そのあてもなく、今もライブにあって、
その歌手はまったく10年以上前の姿のまま、一生懸命歌ってる。
喋りもうまくなってないし(当たり前)、観客も少なそうで(増えるか!)、
今にも「やめた!」って叫んだって、全然いいんだよ、といいたくなる状況なのに、
その歌手は盛り上げよう、うまくやろうとどんどん歌っているのだ。

 

そしてやっぱり、なぜだかわからずにすごい盛り上がりをみせるラスト。
物凄く、物凄く気持ちが高揚した。
観客は増えたか? 
”ノー”だ!
MCはうまいか?
”ノー”だ!
なんだ!なんでこの人はこんなに盛り上げてるんだ。なんでラジカセの前の俺は
こんなにいい気分なんだ。どうしてだ!なんなんだ!すごいぞ、これはちょっと
すごいんじゃないか?

私はひどく興奮した。

その歌手自身のまぎれもない興奮をライブから聞き取れた。
叫んでるし、周りも気にしてないし、バンドにかけ声かけてるし、ああ、ああ、この人は
今このときすごい幸せなんだ、ああ、よかった。すごいや、すごいぞ!!って
私はこのとき、何か気付いた。

 

この歌手は状況に関係なく、いい歌手なのだ。その姿勢が大好きなのだ。
その人からうまれる歌が好きなのだ。

 

私はまたしても、その人から元気をいただいた。
火事のあとも、なんとなく笑って過ごせる出だしができた。

 

 

そして今日、車に乗ってて、本当に出し抜けにその歌手を思い出した。
ああ、LPは燃えちゃったなぁ、なんて思ってた。
このごろはメディアにも出なくなってしまったから、もしかして・・・と
不安にもなった。
私はなんでこの歌手が好きだったのか、やはり未だにうまく考えるボキャブラリを
見つけられなかった。でも私の姿勢には、この歌手にならいたいものが色濃くあるのは
確かだ。

家に戻って、ふと秋の新番組のアニメなんぞ見流していた・・・・・と
ふいに、アニメのエンディングに聞き覚えのある声がした。
遠くに向かっていくような歌だった。「ふーん、いい感じだ。アニメっぽくないや」
と見ていると

うわ!

「遠藤響子」とテロップ!

 

うわ!

あの歌手だ!

元気だ!

歌ってる!すごい!

すごいや!元気だ!歌ってる!

現役だ!いい歌をうたってる!

 

そして15年以上たっても、やはり私をつかまえた!
あんた!すごいよ!やっぱすごいや!

 

うわ!

最近大好きなアレンジャー
「菅野ようこ」さんが編曲!!

 

うわぁぁぁ!!すごい!
すごくいい!

 

うれしかった。
ものすごくうれしかった。
うれしいんだ、ものすごくうれしかった。
泣きそうだった。ものすごかった。

その人がまだ、歌っててくれたことが、ものすごぉく。うれしかった。
昔は「遠藤京子」だったけど、まず間違いない。あの人だ。

車でふと、思い出したのは虫の知らせだったのかな。
きっとそうだな。
ああ、今日はなんていい日なんだろう。ああ、なんていい気分なんだろう。

さぁ、がんばろうって決めた。
私が感じたくらいに、いい気分にさせてあげる側になろうって思った。
そうだな、マンガでやろうかな。

 

弱ってる私に効くものは、遠藤京子さんのような存在なのだ。
そして、そうした存在こそが、憧れでもあるんだ。まだまだかなわないけれどね。

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