明日、アフレコする

先週、土曜日にはG2プロデュースの「BIGGER BIZ」を見るために大阪に向かった。
道具屋筋でダミーたこ焼きをお土産に買い、久々に後藤先生の「漢」っぷりのある
芝居を見て、つくづく期待を裏切らない人だ、と感嘆する。いっしょにいった松村さんが
舞台を降りてきた加賀役に握手してもらえるというハプニング付きの盛り上がりもあった。
夜には在阪のVJ先生に「明石焼き・たこ焼き」のお店と冷麺の店を案内してもらい、
不覚にもおいしすぎるグレープフルーツのチューハイにダウンするも、その後
VJ先生の御指導で朝5時あたりまでVJの心得やら裏話に華が咲き、翌朝友人を
「ガンダムショップ」に送りだしつつ、新幹線で東京へまっしぐら。

東京は駅を降りてすぐのホテル東京にて、旧友たちと対面。子持ち、家族もちが
当たり前の状況で、まだ学生だったころには後々にお互い「ありえねー」と思ってた
「家族紹介」なんてものをしてる自分達に気付く。(ワタシはひとりだがね)
ダンナさまを紹介されたり、子供をあやすようすをみたりと、ああ、人生は流れている、と
感じ入る。いや、そんなふうに家族ぐるみの流れになってくるんだなぁ、とイマサラ
思ったのだ。

家族になってしまうと、友人たちの生活もいろいろ変化していた。七海(友人、のはず)と
ホテル近くの吉野屋で牛丼食べながら、それが「ひさしぶりだ」っていうのがまさに
「家族の生活」ってヤツで、当方にしてみたら吉野屋なんて毎週ありうる食生活とでも
言えそうなものなのが、結婚後の方にはそうでもないらしい。
「やっぱりうまいな」といって、1晩に2杯食べた。
沖縄にいってる子や、お芝居公演帰りの子やら、授乳してる子、その小個人に大きな性格の
変化はない友人であっても、やはりみんな別々のところで所々の「生活」があって、こうして
久方ぶりに会うのはうれしくもあり、少しサミシクもあった。

翌朝、渋谷で見たかった映画をパルコで見てから、街に違和感を覚える。
若者が道いっぱいにあふれてた。若いし、かっこいいけれど、やけにキレイで、若くて、群れてて
ああ、不自然・・・と思った。ここでは老人もオッサンもオバハンも歩くのすら
難儀しそうな、そのやけに不自然な人口比がひどくハナについた。
元気そうに見える街だけど、不自然で、心が悩んだ気持ちになった。年のせいか。

帰宅後、会社の偉い人たちと焼肉を食べた。ゴルフの話なんてちっともわからないが、
ま、そんなことより、肉があまり食べてて「素敵」って思えなくなってきてる自分が
やけに気になった。
私はあまり食道楽ではないほうのせいか、旅行先などであまりたっぷり食べることの
できない性分だ。チミッと食べて、気持ちがもう膨らむのだ。
もちろんオイシイものは分かる。でもお腹一杯に食べたくはないのだ。

で、明日、お正月に編集してたビデオ作品のアフレコをする。
主演の脇山くんの劇団は今月スカパーで放映されている。もちろん脇山くんもでている。

アフレコの作品はま、ゆーても2分の作品なので、サクサク演出するつもりだけれど、
それでも機材の準備にそこそこ時間がとられるものなのね。今回はステレオ録音で仕上げるのだ。

一方で、大阪でもらってきたモーションダイブ(VJソフト)でひと旗あげるべく、
こちらのスタッフでにわかにネットワークがデキソーな感じがするので、春もまじかで
なかなか楽しそうなことのできる予感に満ちた昨今なのです。

そう、意外にこの「パリとも」を日本のアチコチで見てる人がいることに気付き、
なんだか一念奮起しそうだったんだけれど、イマサラなにかキチンと変えるものなんて
ねーよな、と思い直し、このままいくことにした。

大阪でイベントに携わる人を見て、東京で子育てやクリエーションしてる人を見て、
こちらの生活で、明日アフレコをする・・・・お、けっこう楽しいな。
アチコチでいろんなことが起こってて、いろんなベクトルに向かってるのに、
「会えばいつもの通り」で、でもやっぱり僕らはどんどん方向を変えながら、
ズンズン歩いていってしまう。それはお互いに「バイバイ」な歩みなんかではないし、
「サミシイ」とも違い、「こちらから出向く限りはどこででも!」というやけに
楽観した生きざまのよーなものだなぁ、と思えたのだ。

やってることはみんな各々違う。だからたまにそれを垣間見ると面白い。面白いし
盗めるし、ガッツがあふれてくる。
もともとあんまり人付き合い上手な方ではないワタクシですので、たまに見る
人様の生活はホントにうれしくなるのだ。
(くるりの「ワンダーフォーゲル」って曲みたいね)

ワタシは明日アフレコをする。
そのうちまた見せるよ。
みんなはまた別の生活でなにかしてるんだろう。
ときどきはのぞきにいくよ。
それまで元気で。バイ!

P.S 今度勢ぞろいするのはながやの葬式だな、と言われ「そーかもな」とか
   思った自分がいたりもする。みんな人生で忙しくなる年頃なのだ。
   それも、「自分以外」のところから降り掛かってくるものに向かって。
   だからこそ、ワタシみたいな生活があってもいいよな、と思うのだ。

 

他のエッセイを読む