カーナ

このごろはついに坂を登っててもプスンと突然止まるようなことが増えた。
隣の町までいくのに、5度も6度もエンジンがとまる。とっくの昔に
バッテリはあがってて、キックでエンジンをかけなおしては走る。
でもエンジンは着実に弱ってて、もう、山は越えられないくらいに
ぼくのカーナは弱ってた。

カーナというのはスクータで、購入当時は「ハイパースクータ」と
銘打っていた。「ラッタッタ」とかオバチャンスクータ全盛の中、
たしかにそのスクータはアクセルひねるだけでバビューンって感じで
すぐに40キロ50キロだせて、風をきる感じがした。
友だちの持ってるスクータと「勝負だぁ!」と息巻いて、友だちのスクータと
カーナをお互い交換して、アクセル一杯に回して、ブレーキかけて
一斉にGO!でブレーキを離すチキンレースをやってみたら、いきなり
知人はカーナごとはげしくウィリーをかまし、激しく転倒し、血だらけに
なった姿のまま「ながや!ごめんっ!」をくり返し、私はただただその
ケガの具合が恐かったのだが、知人は新品バイクの破損をひたすら気にやんで、
「ゴメン、ゴメン」をくり返した。当時、高校生だったので、弁償なんてできない
けれど、精一杯の謝罪ってことで、車体とおなじ色のペンキをくれた。

わたしはそのスクータを足に大阪へ進学のため共に渡った。
大学の寮では「吉牛ダッシュ」という仕組みがあり、新入生は夜中に唐突に
隣の町まで牛丼を買いに行かなくてはならない苦行があった。当時、スクータを
持ってる人間は少なく、私が買いに行ったり、スクータを貸してくれよ、なんて
ことはザラにあった。だからカーナはこの時期、二度ほど大破してる。
2度めの大破でフレームをやられ、「これは買い直した方がいい」ということになり、
どうする?って聞かれたけれど、「直して」ということで、カーナは存命した。

20の誕生日の時、私は映画を撮っていた。にぎやかな撮影の中、知人が
カーナかして、というのでホイホイと貸しましたら、電柱に自損してしまい、
無免許でノーヘルで飲酒でだったらしく、その罪は全部君にいくんだよ、と
誕生日の夜は生まれてはじめてのパトカーでの事情聴取と、病院の看病で
すごしました。カーナは大破。でも元通りにしてもらいました。ありがとう。

そのころ、うちの寮では大阪から帰省するのにスクータで、というのが
流行っていました。富山でも山口でもみんな50ccバイクで帰るのです。
「ながやはまだ近くていいよぉ」といわれたものですが、その距離ざっと
250キロです。
「バイクはさぁ、いいぜぇ・・・すれ違い様に『ピース』ってやると、相手も
返してくるんだぜえ・・・」とうさんくさい爽快さにウットリした顔を
しながら、よぉーし、やっちゃるけんのー!と鼻息を荒げて、わたしもスクータで
大阪から愛知まで一号線で帰りました。京都経由なのでとんでもなく遠回り
しましたが、いろんな風景が見られてよかったです。たあだ、片道13時間
スクータにのってるのは正気の沙汰ではないこともわかりました。それでも給油
2、3回で、尋常でない格安価格で帰省できることは発見でした。
そこで大阪へ戻る時には違う道で戻ることにしました。それは高架道で、
スイスイ真直ぐすすむし、信号も少ないし、直線距離も大阪に近くていいのですが、
やーけにトラックは寄せてくるし、クラクションもパッシングもひどい。
なんたるマナーのなさだ!と憤慨しつつ、
給油のため下の道におりていきますと、ガススタンドで「兄ちゃん、どこからきたん?」
って話になり、え?この道できたの?とケゲンな顔をされ、「これは自動車専用道だよ」と
指摘され、ようやくトラックどものイジワルの意味をしり、あわてて進路変更をして
奈良の山奥に入っていきますと、これはもうしっかり道にまよい、迷ってる間に
ガソリンはなくなっていくのに、日曜の・奈良の山奥で・ガソリンスタンドは
休みで、もうこれは野宿かってところになって、辛うじて大阪に舞い戻り、
都会の空気って素敵!って思った記憶が今蘇っております。

ちなみに私はこの遠距離ツーリングでは事故を起こしたことはありません。

さて、芸大を卒業し、映画製作団体を設立したあるとき、唐突に住んでいたアパートが
真下の部屋でガス爆発を起こされ、私は部屋から慌てて逃げ出し、外から「みなさぁーん、
火事ですよぉぉぉぉぉ」と、叫んでいて、なんというか、自分の部屋で焼けているものが
ある、それを目の前にしながら「火事ですよぉぉ」と言ってる自分もなんだかなぁ〜
なんですが、火事の出火地点の部屋から消化器もったオジサンが目を真っ赤にしながら
飛び出してきて、開口一番

「もうあかん」

と、いわれ、いや、もうあかんじゃなくて、その、真上の部屋
ボクの部屋なんスけど、とか、自分の滑稽ぶりに笑ってしまいそうで、その黒煙の
向こうにシュゴゴゴゴゴッッッッって明らかに映画「バックドラフト」の状態が
再現されてて、「いくぜ、いくぜ、爆発・爆発!」みたいな不気味な音をたててる
最中を、火炎にまみれた部屋のむこうでガス警報機くんが、女性の声で

「ガスがもれてませんか・
 
ガスがもれてませんか・」

というので私は心の中で絶叫に近い気持ちで

もれとるやろ!
つーか、
「燃えとるやろ!お前がっ!」

とツッコミつつ爆発炎上の最中でがんばる(?)ガス警報機にウットリしました。
ガスが・・ガスが・・・と燃え盛る築20年を越える木造アパートは炎上しきりました。
そうした最中、唯一持だせる家財として、アパート横につけてあったスクータ・カーナを
前輪ロックのまま(キーは火事の中なので)うんしょ、うんしょと引っぱりだし、
雨まで降り出す中、Tシャツ、半ズボン、につっかけと、キーのないスクータが私の
全財産になりました。そう、カーナは残ったのです。キーはそのときないけれど。

大屋さんは気を使って臨時の仮住まいをあてがってくれたので、全財産のカーナを
もって、部屋にはいりますと、もう家財がないので、さみしく、焼跡から8ミリ映写機の
残害やらカメラの黒焦げ残害をひっぱりだしてきて「オブジェ
オシャレを気取ってみるも、生々しい火災の記憶しか蘇ってこないので、いよいよ心は
すさむ様子でしたので、火災現場に持ってもどり、ドスンと投げ捨ててやりました。

翌日、部屋の中から使えるものを探していて、ふと子供用のフットボール状のサイズになった
固まりをみつけたので「なんやろ?」って推察してみますに、ああっ!これは
スクータのヘルメット!なんとまぁ小さく焼けてまるまってしまうことか!と感心しながら
近くにいた人からピッケルをかりてガーンガーンと砕くと、その中からカーナのカギが
でてきました。こうしてスクータ・カーナは再始動しはじめたのです。

お金も持ってるものもなくなりましたが、私はスクータでスイスイどこでもいけるのです。
行くために、まず免許証を再発行してもらわなければいけません。が、そのためには
身分証明のための書類がいります。がそのために印鑑やらがいるってのに、もうなんにも
手許にないのです。ないってーの。焼いたっつーの。もう!

そんな最中、知人の「爺」に服を借り受け、とりあえず大学の研究室の先輩んとこに
報告に行こうってスクータでビューンと向かう最中、非常に見通しのいい道が川沿いに
ありまして、おりしも5月の五月晴れで鼻歌なんぞ歌っておりますと、スイスイと
スピードなんかも気持ち良くあがってきまして、トートツに

バーン!

と前輪がバーストしまして、ハンドルもグリグリふれまくりまして、激しくしたたかに
アスファルトにたたきつけられまして、あちこち出血してきまして、カーナはその
前輪を傷めて、本体も傷だらけで、唯一車通りが少なかったので生きてますが、
なんというか、もう、ホントに笑いが込み上げてきて、しばらく笑ってました。
なーんか、もう、どうでもいいよなぁぁ〜って笑ってました。

借りてた服はやぶれてたし、血だらけだし、もう「返すね」ってわけにもいきそうに
ありませんで、今だにもってます。大切な戒めの服ですね。

しばらくして、カーナをヨイショって持ち上げて、重い前輪のまま、押して、押して、
バイク屋さんまで押していきました。あんなに重いカーナはあれきりです。

その後、拠点は藤井寺から吹田にかわりましたが、やっぱりスクータで移動しました。
大阪くらいの町ならスクータで北から南までじゅうぶん移動できるのです。
愛知に戻ってからも、その主要な足はカーナであり、通勤はカーナでした。すでに
シートはやぶれ、下のクッション地がむき出しになってましたが、走るのでてんで
問題にしませんでした。見てくれは問題になりません。こちらの期待する「移動する」
ことに支障がなければ、私は何年でも愛用します。

後年、車での移動が増えてきてた私は、ある日カーナでとなりの町まで行きました。
やけにエンジンが止まるようになってました。坂でプスン、平地でプスン、暑いとプスン。
つまり寿命がきたようなのです。

この夏、私は引っ越し、ついにカーナをもっていけませんでした。今まで4回引っ越して
いますが、カーナのない引っ越しははじめてです。なんか変な感じです。
そして9月、廃車にすることにしました。15年近く、現役でした。これってすごい
ことだと思います。今後これだけ使える機械があるだろうかって思います。
遠くまで、どこまででも走ってくれたスクータがあったから、私はいろんなものを
見てこれましたし、いろんな思いができました。何度も何度も廃車の運命をたどる
事故にあった割りに地味な最後になりそうです。ほんとうにありがとう、カーナ。
君はすごいスクータだった。私の一番とんでもない時に一緒だった。ありがとう。

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