中田の個展開催のお知らせ

ここの図書館にはパソコンを打ってもいいスペースというものが
確保されていて、今日ははじめてそこへ私の可愛いMacintosh
パワーブック190共々やってきたというわけである。オホン。
机にはコンセントも用意されてるし、来館者もまばらで、
非常にこうした「打ちもの」をしているにはなかなか好都合
な環境である。ちらほらとノーパソを持参しにきてるひとが
いるんだけど、どことなく「どーよ?オレサマのパソは」みたいな
音のしない熾烈な自慢競争が起こっているようで、興味深い。
小生のパワーブック190はそうした競争の対象にはならないほど
地味なので、心地よいのである。ま、そんなこと考えてるの
俺だけかもしんないねー。

ここ数日、今年の風邪に2週間もせき込む事態が続き、冷たい
空気を吸ってはゴホン、下っ腹に力が入ってはゴホン、床に
ついてから真夜中〜翌朝までゴホンゴホン!!となんかだか
やたらに疲れてしまっていたのであった。ことさら今年の風邪は
薬によるドーピングがうまくいかず、熱や鼻水はなんとかなるに
しても、せき込むことにはなんら無力で、せいぜいマスクを
かけるのが一番マシってな、なんとも始末の悪い風邪なのだ。
こうして図書館まで来られるようになるまで回復したにしても
セキそのものは続いていて、いったんはじまるとむせぶまで
ゴホンガハンと騒がしい。スマン。スマンがなんともナラン。
オホン(エバってどーする)。

ま、少しばかり気弱になっていたところへ、学生時代の中田から
葉書が届いた。大学のころに同じ寮にいた同じ学科の仲間で
映像学科を出て、陶芸家に弟子入りして、今度東京で個展
みたいなものをやるらしいとの案内のお手紙だった。
たしか彼の結婚式2次会で、もと寮生やその仲間たちでワーッと
盛り上がった挙句、新婚宅へ流れ込み、私が愛知で買っていった
「味噌煮込みうどん」1ケース分(お土産)を、2/3ほど
その夜に大量調理して、みんなでもりもり食ってしまったような
記憶がある。彼の奥様には「善田山さん」という名前で私は
呼ばれていたような記憶がある。おっと、話しを戻そう。

中田のその手紙に、一言「まんががんばれ」と落書きみたいな
コメントがついていた。それ以外はコメントはない。
中田らしいなぁと思った。
ところで、私はたいていの人に対し「さん」づけをする者だ。
どんな仲良しでも、どんな他人でも、基本的には愛称よりも
この「〜さん」「〜くん」を使う。これになじめない人は
「なんでそんなに他人行儀なの?」とか言ってくる人もいる。

もと寮生にあっても、やはり基本的に皆「〜くん」と呼んでいる。
が、しかし、この中田だけはずいぶん初期から「中田」なのだ。
なぜだろう?大丈夫なのだ。滅多にないことなのだ。不思議なのだ。
特段差別するつもりも、見下すつもりもない。尊敬の念すら
ある。なーのに呼び捨てなのだ。
年々の経過を経て「仲森ー」だとか「七海ー」だとか、呼び捨てに
変化するってのはあるんだけれども、明らかに中田のソレとは
感じが違う。

中田から何か届くとき、だいたい「うわぁ」と思う。
前に届いた時は、はげしくヘコミのある湯飲み。陶芸家であり、
自らのカマもあり、なんら不思議はないのだが、大阪から愛知に
戻ってから、ある日岩本くんが中田ん家から預かって、もってきて
くれたのだ。この湯飲みは今、愛用している。

その前はカセットテープ。「北京ダック」という曲がエンドレスで
入ってる10分のカセットで、レーベルには「ボクサーながやの
ために」とペンで無造作に書かれている。
ちなみにわたしはボクシングはやったことがない。
ちなみにこのカセットは、私の住んでいたアパートが火事で
被災した直後に届いたものだ。
当時、ながやが火事に被災したと中田が噂で聞いたらしい。
ある夜、中田は夢を見た。ながやが一人でシュッ、シュッと
シャドウボクシングをやっている。寮のみんながもういい、
ながや、やめろよというのにもかかわらず、ながやは続けて
いるという。その夢を経て、例のカセットは製作されたと
たしか聞いた覚えがある。それを誰が言ってたのか、また聞き
だったか、ガセなのか、今となっては覚えがないが、ともかく、
火事でろくろく家財もないうちに、中田のこのカセットテープは
わたしの手元にやってきた。

これらのエピソードはどことなく現実味に欠けた感じがするんだ
けれど、正直なところ、非常に胸に食い込んでいるのだ。
なにがどうであるってうまくは言えないんだけれど、ああ、中田、
気にしてくれてるんだなぁって思うし、ああ、中田だなぁって
思うのだ。で、面白いのだ。ここが肝心。面白いのだ。

中田は芸術家だなぁって思う。つきつめて言うと「中田と
それ以外」って言葉があってもいいなぁ、と思うくらいには
愉快でユニークだ(言いすぎ?)。一般に芸術系の学校に
やってくるような子は、どことなく芸術家・クリエーターたるべく
どことはなしに無理したり、がんばったりして芸術家・クリエーター
になってたりする。中田にはそこが欠損してる。いや、本人なりに
やってるんだけれど、どうも一般的なソレではないのだ。
と、寮の仲間うちのことをこうしてエッセイにしてるのも
はじめてのことだし、そしてやっぱり、ああ、中田のこと
かいてるよー、と今、自分に「やっぱりね・やっぱりね」と
うなずきまくっておる。図書館で。オホン。

寮にいた同学年は映像学科の連中ばかりだったけれど、みんな
面白い人ばかりだったし、そこへ集まる連中も面白い人
ばかりだったなぁと今にして思う。でもやっぱりなんだか
中田はちょっとその中で別個に「中田」なのである。
なんだろう?チャーミングってヤツなんだろうか(うわぁ!)。
中田を知っている人はみんなきっとそういうと思うよ。
「中田を知っててよかった」(うわぁ!)(うわぁぁぁぁ!)
じゃ、みんなは個展に行ってくれ。中田を見に。

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