作成日: 12/06/13  
修正日: 12/06/13  

仕事がかぶるってはなし

よくありますなあ


「仕事のできないやつ程、仕事がかぶる」という言葉があるそうです。
とある落語家の師匠のお話らしく、podcastかラジオか本(あいまいだなあ)で
知りました。

内容として、忙しなく、たくさん仕事を抱えていれば、いくつかの用件が
重なっちゃう程にバタついてしまう、と思いがちでしょうが、その実
「仕事のできない人」は、わずかばかりの仕事がフイに入る時に限って、
他にも仕事がブッキングしてくる、という話であって、結果実入りが増えるものではなく
あー、残念、ってニュアンスの話でした。

そーかー、と思います。
こころ当たりがあります。
そもそも「ちょうどタイミングが悪い」なんてなことは、何度も起こるものじゃありません。
そんなのは、もう「タイミング」と呼ぶべきものではなく、「常にやり口が悪い」のだと
自覚しないとなおりません。だいたい、そう何度も「タイミングが悪かった」ことが
何度も何度も起これるのなら「何度もタイミング悪いことが起これる」運については
ついてることになります。(そんな運はいりませんが)

辛辣なことをいってるんじゃありません。

「あなたのペースに合わせたものしか入っていけない」ことは無修正になってます、って
ニュアンスも感じます。
世の中の仕事ってものは、相手の要望に合わせてすりあわせてすりあわせての作業になります。
その「嫌々ながら」である我慢に対しての対価が「お給料」ってものであるのが一般的でしょう。
要望をかなえるがために、価値がでます。自分のペースがにじみでるほどに、相手のペースは
押しやられる訳で、対価は減ります。

自分のペースで生きていきたいよねえ。
うん。
つくづくそう思います。
ま、これが難しいわけです。
と、いいつつ

その実「自分のペース」で生き続けられても、そうそう幸せな感じもしないのが「人」の妙なる
ところです。案外「ちょっかいだしてよ」くらいな方が生きしのぎやすいです。
不思議だよねえ。

ですから、そうした隙のある人の方が、世の中は楽しく生きられます。
正しかったり、思いのままでいられるっていうのは、あんまり幸せを感じないものです。
「適切」であるっていうのが、大事であり、絶妙なんですよね。