作成日: 13/02/09  
修正日: 13/02/12  

インナーな

「結果は既に原因と一緒に生まれている」のね


「結果は既に原因と一緒に生まれている」と今朝の新聞の小見出しにありました。

因果一如、の解説であり、頑張ったからには上手く行く、とも限らないと、この記事では

解説されてました。フーム、果たしてそうかな。


このごろ、なんで自分は似たような事態にいつも陥るのだろうか、と思い返します。

今回のリクルート活動してて、ハッと気づいたことを書きますね。


自分では落ち着いて、地味に、「私の実力がアローが、ナカローが、左右されない」手合いの

仕事を探してるつもりでした。責任を負って身を絞り出して、削ってやり抜いても、

駄目なときは駄目だし、見返りってものが「本当にない」ときになって「やっぱり」と

思ったら、もう次に頑張る気力なんてものは生まれないのだなあとも感じました。


かといって、働き始めれば、どんな仕事も「生活のほとんどの時間」を費やすものであり、

それならば「生きていられさえすれば」を前提に、「喰えれば」どんな仕事でもいいと

思うし、「喰えそう」であるなら「気持ちよく過ごしたい」という希望に沿いはじめるし、

ここもクリアーできそうであると予感すると、「自分を生かしたい」とまあ大ざっぱな3段構えが

できてきます。


食べていける、というのが「生きる」ことです。

食べてたら、住まいがなくても、生きるでしょう。食べてて、住まわっていられたら、文句は言わないで

いいものだ、と26歳の頃の火事で思ってますので、見栄も顕示欲も他人のそれよりハードルが

低いんですよね。これがまず今の自分の根幹にあるのがいけないのかしら。


今回のリクルート活動では「自分を生かしたい」にいつのまにか自分でフォーカスしてました。

してました、というか、真剣に仕事を検討できるってことになったとき、「どこの誰が

自分を必要としてくれるだろう」を真剣にプレゼンするつもりでした。

募集する側の会社としては、会社の要求に対し、真摯な姿勢で、応ずる人であるのが最良でしょうから

根本的に自分の根っこの姿勢は的外れなことを、自覚的でした。


つまり「なんでもいい」に全然なってなかったのでした。

働けたら、どこの、なんでもいい、ではなかったのでした。

その「なんでもいい」さ加減から、どれだけ離れられるか?を自分で計っているようでした。


その自分の希望を貫く時に、どこまでの我慢を私はするのか、どこまでのものは失うつもりで

決めにかかるのか、も決めました。部屋に住んでられないほど実入りが足りなくても

好きなことをする!のか、喰えないか喰えるかのギリギリの線、程度で仕事を決めるのか、

好きとか嫌いは全部放り投げてなんでもやってみせます、で探すのかで、探し方も

たどり着き方も違ってしまうますものね。


探してて、希望職種をプリントアウトして、並べてみて笑いました。

「ああ、私は、クリエイティブについて、全然あきらめてなかったんだ」って。


9割はもの作りの会社でした。

残りは事務でした。

ええー、私は未だに現役でなにかやるつもりなの?シンドがってたじゃん、クライアント持ちの

もの作りは苦しくって辞めたこともあったのに、って思い出すこともいくつかありました。


自分が「この道が一番ふさわしい」と予感してるものに対して、実働の部分で自分が

収集した情報のほとんどは「高望み」なもので9割を占めていたのです。

ああ、ああ、私は、欲張りなんだと笑いました。

欲張って、欲張って、「それで駄目なら、欲張らないところへ」って人なんだと思いました。

欲張ってる立場じゃないってときに、欲張ってたのです。


「駄目ならそれでいい、やってみよう」になってたのですね。いつのまにか。

性格的にはチャレンジャーではありません。こじんまり、おさめたい方です。

地味にコツコツが信条です。履歴書にもそう書きましたよ。


でもやってることが違うんです。

誰なんだよ、こうせき立ててるのは!って思いました。


このエッセイで書きたかったのはこれです。

自分を誘って、自分をせきたててるものが、自分の意識できてるものと違う、ってこと。


自分がやってるのに、自分の一番望んでるものと違うところに着陸する頻度が年々高まって

いたのですが、その原因は私自身だったのです。「結果は既に原因と一緒に生まれている」と

エッセイの最初に書いた文章を体感した感じがしたのでした。


意識できてる自分の性格と、実働して動き出す時に発露する自分にはギャップがあったのです。

小さく、こじんまり、ゆっくり、とつぶやきながら、走れ、飛べ、はねろ!挑め!!って動くのでした。


どうりで、面接の段取りになるたびに「・・・なんでこの会社に行ってるの、私は?」と何度も

疑うのでした。自分のことながら、物事をここまで進めて来た理由を寸前で見失うことが

たびたびあったのでした。


気になる会社は、前者の「小さく、こじんまり・・・」の資料を集めているのに、実際応募し、

書類を送り、顔を出す会社は後者の「走れ、飛べ」にすり替わってる・・・

「誰だ!こんなイタズラをしたのは!」と昭和30年代のまんがにでてくるハゲオヤジみたいな怒りで

満ちたところで、「自分じゃん!」となり、真剣に「なんで!」とやってるのでした。


実際弟には「よく思い切れるね」とか言われたのですが、本人は思い切ったつもりも覚えも

本当になく、だってこうなってたんだもん的な、すね方すら自覚したのでした。

オカシイ、こんなはずでは・・・の反面、理性的にやってたら、こうはコマを進められない自意識部分を

潰しにかかるやり方が、私には強い傾向があるのでしょう。そして今の今まで生きてきた中で

一番うまく運んだやり口を、体が覚えてるんだと思いました。


ときどき、節目で私はこれをやらかす。

やらかした挙げ句に理由を問われたり、責められても、本当に説明ができなくなる。

説明でおさまる話でたどりつけないから、やっちまったんだ、でしかないので、謝罪するか、

放逐するかになる。そしてそのどっちも本意ではない。本当にそんなつもりはなかったのですから。

確信犯みたいな気性ですよね。迷惑かけますよね。どこか人に関与しっぱなしができないのは

こうした「雑然とはじめちゃって、説明のつかないことをしでかしちゃう」の説明に気が重いのかも

しれませんね。こうしてエッセイにしてみて、はじめて思った。今。


心のどこかで、平静さよりも、過激さに活路を見いだしてるんでしょう。

大丈夫すぎるのが、駄目なんですよ、私。


大丈夫、はほかの誰かが持っていれば分けてもらえるようなきがしてるのかも。

周りが大丈夫であるなら、ひとつまみの冒険を許す素地に見立ててるような気がする。

前述のように、気は小さいのだ。冒険も旅も得意ではない。

それでも「大丈夫じゃないもの」を指向する傾向は幼少の頃からある。だから学生時分には

「変なこと好き」みたいな目立ちたがりととられたり、嘘つき呼ばわりもたしかにあった。

実際、嘘をつく頻度は高いような気がします。

でも言われてることのいくつかは、あたらないと、ずっと思ってきました。今もそうです。


奇をてらいたいとも思ってないし、はみだしてやろうという野心もあんまりありません。

でも「大丈夫、に鎮座する生活」をどこか嫌がっているのです。「このままで済む」という

生き方を疎んじているのです。でもヤンキーにも秀才にもなれませんでした。ただ

「大丈夫、とは違う突破の仕方」を模索してるようです。


今の大丈夫、によっかかりはじめて、生き方の根幹にそれを据えて生きている人と話すと

その底の緩さが鼻についてしまうのです。そういう人は話してると、「へえ、いいね。

うらやましいよ、そんな生き方。私もしたいなあ」と平気で言いますよね。

この言葉の暴力。自覚なんてないんでしょうね。


無自覚に「今の大丈夫」がある地域に私は生まれて育ちました。産業も大きな企業が

3つも4つもあるところです。死ぬまで働くこともできるでしょう。その大丈夫さ加減が

馴染めないんですよね。一斉にみんながそうであるさなかにいると、いたたまれないんですよね。


みんなにとっての「幸せ」がそうである中で「違う!」と叫ぶ必要はないし、

みんなにも私のことを否定させる必要はない、にして欲しいんですよ。


これが根っこにいつもあるんだと、勘付きました。

なにか別の「『今の大丈夫』以外の『大丈夫』」の模索。


だから、基本的には自分の周りが「安泰」であるのが条件なんです。

もめてたり、荒れてたりしたら、私の態度はとたんに矛先をおさめる類いのものです。

恵まれたさなかでこそやれるやり口です。


「結果は既に原因と一緒に生まれている」

本当ですね。

やってることが本当なんだもの。なに言ったって、なにで埋め合わせたって、無価値です。

やってることが、本当だものね。そうだった。これからも、そうだ、きっと。


面白いのは、自分ながら意表をついたことが、案外嫌いじゃないってこと。

嫌いじゃないけど、心臓に負担はかかりますね。おかげで、着地点が、いつも知らないところなんですよ。

着いちゃってから言うの。

「ここ、どこ?」って。      あのね、本気で言ってるの、これ。誤解されてるけどね。