作成日: 15/04/19  
修正日: 15/04/19  

CDプレーヤー

CDが聴きたい


レコードにせよCDにせよ、あんなに買い溜めたはずのものがいつのまにか使われなく
なっているのは不思議なことよね。このごろはネットラジオだのラジコだのとネット経由の
ものばかりに浸っておることにフイに気づきまして、久々にどぉれ、CDでも・・・と思ったら
あ、CDプレーヤーとかコンポってものが部屋になくなってる!とようやく気づく始末。

スマホとかipodとかではなく、CDプレーヤーが部屋にない・・・ってことに、かくも気づかずに
過ごして来れていることにびっくりもしました。とはいっても、厳密にはCDを聴くための
プレーヤーはあるのでした。ブルーレイレコーダーでも、パソコンでも、CDを再生するものは
部屋にあるのです。専用機ではないのです。なにか別の機材と「併用して聴ける」手合いのものです。

この感じ、なんかどこか、このごろ感じてる何かに似てるなあ・・と思ったら、学生時分の
「自転車」に似た感情を思い出したのです。

私の学生時分には、自転車がそれはもう豪華なライトやテールランプ、光るギアボックス、
フォグランプなどなど、ごちゃごちゃと「妙に凝った」自転車がワンサカでている時代でした。
自転車なのにフォグランプですよ。リトラクタブルなライトですよ。かっこいいったらありゃしない。
後にも先にも、あんな自転車たち、あの時代にしか手に入れられないものでしたね。
私も例に漏れずテールランプは2灯左右にパッシングするタイプのもので、ギアは6段で
スピードメーターも兼ねるLEDが仕込まれてて、ギアチェンジのたびに「ピピピ」と鳴る
ギミック満載な自転車でした。飽きるんですけどね、中学生の間に。

いつの間にかなくなっている、という共通点がありますね、CDプレーヤーも。
なくなってるといいますか、売ってるんですけど、いつのまにか「気にしなくなってる」という
この不思議さ。CDそのものを聴かなくなってるだけで、音楽そのものはipodで聴くように
なっています。が、フイに「CDで、アルバムで、聴きたい」となったことの方がナゼダロウって感じで。

人ってどこかさ、「元に戻したい」って思うときあるじゃないですか。
自分の知ってる、一番馴染みがあって、据わりのいい状態に「戻したい」ってなるときが。
でさ、お金や時間をかけて、「元に戻す」工夫をするんだけど、似せたり寄せたりはしても、
元には戻らないんだよね。で、あ~あ、ってなるんだけど、この「元に戻す」をなぜゴールに
しようとしたのかは、自分自身でもあんまり理由の分からないことであったりします。

生きてるうちの、ある「通過点」でしかなかったところをさ、なぜ「元」の場所と決めて、
「戻ろう」って自分が示し定めたのかっていうのは、理由にならない理由だったりしますものね。
案外、この感情に流されていろんなことしちゃうよね、人ってのはさ。

CDを聴くためだけのCDプレーヤーが買いたくなりました。昔のカッチョイー自転車はもう
買いたくないけれど、全く片鱗も残さずに世の中から抹消されているのも寂しいことですなあ。
CDを聴くって打ってますけど、「そのCDを繰り返し聴いてた頃」と「繰り返し聴かなくちゃ
ならなかった当時の訳」も少々リフレインもしてくるんですよね。それを思い出したがってるのかな、とか
我ながら勘ぐってしまうのでした。
音楽聴きながら、スリープタイマーで寝ちゃうのって気持ちいいもんね。